火焔式土器は、世界で唯一無二であり、古今無双のデザイン文化だ。


正月15日を小正月という。一時期途絶えたが、町内ごとの「賽の神」が復活して5,6年たっただろうか。昨年使ったカレンダーや、神社で買った熊手などを持ち込み、火柱と一緒に燃してもらった。2001年ころの古い手帳が2冊出てきて、懐かしくみていたが、昔の感傷に浸っていていいことは何も無いからと、これも火の中にくべた。

 

▼賽の神は竹の心柱に藁を円錐状に巻きつけていき、高さ3M前後につくる。機械化された現在では、稲刈り時に稲藁はでてこない。巻きつけ用の藁として保管しておかないと開催できない。祭りの際、神社の鳥居に飾るしめ縄も同じ要領である。伝統文化を継承するにはそれなりの努力が必要である。

 

▼藁は日本人の足元を支えていた草鞋を始めとして、生活に密着した素材であった。稲作の起源については諸説あり,一般的には弥生時代以前にはなかったと言われている。ただ、稲作の繁栄も数百年かけて根付いたに違いなく、稲の文化と縄文式土器が重なっていたのではないかとは、容易に想像できる。

 

▼もうすぐ東京オリンピックがやってくる。聖火台のデザインは未定である。幾何学模様を超越した、古代日本人のデザインセンスは世界に誇っていいものだ。世界で唯一無二であり、古今無双のデザイン文化だ。火焔土器以外にないと信じている。

 

なんなら、我が家の縄文式土器貸し出します。

参照;「新国立競技場と火炎式土器」