新国立競技場と火炎式土器
新国立競技場が隈健吾氏の設計に決まった。アオーレ長岡の設計も手掛けたことで、森市長もフェイスブックでおお喜びしている。「木と緑」をテーマとし、日本人らしさを前面にだしているそうだ。カラマツと杉材を使用し、和風を強調している。廃案になった設計より、間違いなく親しみやすく感じる。
▼ 子供のころ町内の丘陵地に一面畑があった。その中に送霊場 といっていた火葬場もあり、たしか中央に四本柱が立っていた。送霊場 の前には枯れた溝があり、すこし掘ると縄文時代の矢尻や土器の破片がざくざくでてきた。学校が終わってから、小学生の遊び場になっていた。
▼ まわりの畑にも多くあったようで、畑仕事でうねを作るさいは、じゃまでしょうがなかったらしい。 小学校3年生のころ、母親がでかい土器を持って帰ってきた。原型を残しているので、さすがにほっぽってはおけなかった。はじめて見たときは怖ろしく、背筋が寒くなったことをよく覚えている。その後、土の付着をていねいに溝から除いて、保管しておいた。
▼ 新潟県は縄文時代の火焔式土器を聖火台にするよう運動を展開している。新国立競技場のデザインはたしかにすばらしいが、日本のデザイン力は今に始まったことでなく綿々と引き継がれてきたことを、日本を象徴し文化の原点のようなこの圧倒的なデザインで、是非世界に発信しもらいたいと思う。自分自身の原体験も含めて。
約45年前に、我が家の畑から出土した「縄文土器」。地元の博物館へは資料として提供したことがあった。縄文中期の紀元前3500年~前2500年ころのものと判定されました。