人には馬鹿の底というのはないようだ。


冬の正月を過ぎたこの時期。以前は毎年のようにスキーに出かけていた。寒さを避け、標高をいっきに上げていくゴンドラ設備があるところがいい。発哺温泉に泊まり、奥志賀高原スキー場と焼額スキー場は定番であった。2,000m近くまで伸びるゲレンデの雪質は申し分ない。長野オリンピックが開かれたこともあり、リゾート施設も充実している。なにより「スキー・温泉・鍋・熱燗」が楽しみなのである。

 

▼スキーの魅力はその高低差とスピードと、そして景色にある。爽快に滑り降り、木々の中のゲレンデを抜けて始発駅に着く。上りのゴンドラからは、眼下のスキーヤーのカラフルな姿を楽しむことができる。頂上駅に終着すれば、透き通ったブルーと白のコントラストを描く、遠くの山々の絶景が待っているのである。

 

▼もうすぐ冬季オリンピックが始まる。ただ、スキーに慣れ親しんでいるつもりでも、ほとんど興味がない。競技種目としては滑降をテレビで観るくらいになる。やったことのない競技がほとんどで、体感として伝わってこないからだ。フィギュアスケートの芸術点など、自分で採点はできないし、バイアスロンにいたってはやってることが理解不能である。

 

▼開催都市の経済的な負担はそうとなもので、競技後の施設の取扱いにどの国も困っている。長野オリンピックでさえ、Mウェーブのガス代金が払えなくなり「数ヶ月滞納している」と東京ガスに勤めていた友人が教えてくれた。今回、財政難でも開催準備費用は大幅に増えたと聞く。にもかかわらず、全く競技と関係ない、開会式だけのスタジアムを新築したらしい。人には馬鹿の底というのはないようだ。